「僕は、地動説を信じています」───何かを決意したような声でラファウが告げたとき、ポトツキは周囲の時間が止まってしまったように感じた。
目の前で入学許可証が破り裂かれる音、一刻の静寂の後、火が点いたように沸き上がる聴衆のどよめき、それらの全てが他人事のように思えるような不思議な浮遊感を覚えていた。一面の困惑とざわめきの中、ラファウだけが凛とした瞳で、微動だにせず目の前を真っ直ぐに見つめていた。昨晩、私の問いに対して答えたときと同じ、どこか覚悟を持った眼差しだった。嫌な予感がする。しかし身体は動かず、乾ききった喉では声すら出せない。
陪審員との数度のやり取りの後、紐に繋がれたままのラファウの姿が再び見えなくなったとき、私は意識が遠くなるのを感じた。
***
あぁ、きっと自分の頭もおかしくなっていたのだ。
これは悪夢だ。
周囲の人に抱えられて自宅に連れ戻され、普段の食卓のテーブルに座っていても、目の前にあの子がいないことが否応なく現実を突き付けてくる。
あの子は一体何を考えているのだろう?あの場で正式に異端思想を肯定する宣言をしてしまった時点で、大学はおろか、改心するまで監禁と拷問を一生受け続けることになる。そのような未来が想像できないほど愚かな子ではない。それどころか、今まで関わった人間の中でも飛び抜けた賢さと聡明さを持つ子どもだった。苦痛に歪む顔や、血の一滴でも流れる姿を想像するだけで心臓が握りつぶされるような錯覚を覚える。思わず縋るように、手に握った十字架を血が滲むほど握り締めた。
どうか、あの子が無事にこの手に戻ってきてくれますように───
***
「ポトツキさん、ノヴァクです。体調は大丈夫ですか」
身体を揺すられる感覚で意識が引き戻される。
顔を上げると、異端審問官の男が側に立っていた。
玄関の扉の隙間から差し込む光を見て、いつの間にか朝を迎えていたことを知る。
「ノックはしたのですが、反応がなかったため勝手に入りました。無礼をお許し願いたい」
「……」
「ポトツキさん」
困惑したような、葛藤しているような、ひどく優しげな声色だった。
表情はどこか魂が抜けたようで、疲労と躊躇いの色が濃く感じられる。
血に染まった袖口を見て呼吸が止まる。
この男が、今日からあの子を拷問にかけるのだ。
地獄のような想像を振り払うように、目の前の男に縋りつく。
「ノヴァクさん…!あの子はまだたったの12歳だ!昨日の宣言は、私に、密告されたことで、気が動転していただけなんだ。拷問なら私が代わりに引き受ける、だから、あの子を、」
「落ち着いて、」
「今から伝えることを、どうか落ち着いて聞いてください。ポトツキさん」
「彼は―――昨晩、自殺をしました。毒薬を入れたワインを、自ら飲んで」
***
私が、この手であの子を地獄へ送ってしまったのだ。
あの教え子にも、たった一人の義息子にも二度と会えないまま、私はどこへ向かえばいいのだろう。